March 10, 2005

言わずもがな?

オリンピックの水泳で北島選手が勝ち、「チョー気持ち良い」という言葉を発した時、私は愕然としたが、マスコミや世間の人々はもて囃していた。すでに大学生で、運動能力が世界一の、マスコミに追いかけられる有名人が「チョー気持ち良い」とは。小学生じゃないんだから、ともに戦った選手とか観衆へのメッセージや感謝の気持ちとか、もう少し気の利いたことが言えないのかなあ。トップアスリートともなれば、それなりの社会的責任を感じていて、「ええこと言うわ」と感心したいのは私の欲目だろうか。脳味噌も筋肉で出来ているのかと思った。

おかしな日本語が蔓延しているとはよく言われることで、私自身もその例に漏れない時もあるのだが、数年前からプロ野球選手が試合後のインタビューで最後に必ず言う言葉、「これからも応援よろしくお願いします」。あれも止めようよ。だいたいインタビューその物がくだらないことが多いのに、締めの言葉が誰も彼も「同じでは悲しくなってしまう。自分の言葉で人と違う事を喋れないもんかね。新庄選手ならユニークかな、見てないけれど。
それに「感動を与えたい」も止めて欲しい。お前なんかに与えられたくねーよ。おこがましいと思わないのだろうか。選手が必死で戦う姿に対して観衆が感動することは有っても、自分で「感動を与える」などと言うか。「与える」という言葉の傲慢さ、「感動という言葉使い」の安っぽさに気がついて欲しい。。

それに比べて、欧米のスポーツ選手や若い映画俳優が、公共の場ではきちんとした言葉でハキハキとウィットに富んだ事を喋るのを聞くと、彼我の文化差を強く感じる。まず人間としての教養の問題だな。少なくとも人前に出る選手は、喋り方、ファッション、仕草などそれなりの訓練をすべきだろう。プライベートコーディネーターを雇っても良いと思うが、企業のトップでも惨めな姿を晒しているのだから絶望的かなあ。

ついでに、最近のニュース番組でやたらと使われるのが、詳しく報道した後、「~事件と見て捜査しています」。事件はもう聞いているし捜査するのは当たり前なんだから言わずもがなでしょう。「女の婦人が馬から落ちて落馬して~」のレベルと同じ。アナウンス部ではどういう勉強をして居るんだろうか。
政財界や経済界のトップ層から社会全般までモラルも教養も無くなって、ただ金儲けと保身に走る姿を毎日マスコミで見ていると、世の中はそちらの方向に崩れていくモノだろうなあ。こういう文章も言わずもがなか。お互いに注意して綺麗で簡潔な日本語を使うところから、社会浄化につなげたいモノだ。

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January 25, 2005

年賀状

我が家の年賀状は、家族四人の集合写真。平成2年に写真年賀状にしてから、途中、喪のために中断したことは有るが、もう13回も出したことになる。その前はあまり記憶が定かではないが、手作りの木版画の年賀状を出していたようだ。女房と合わせて600枚を越えるようになると、とても書ききれないので、当時まだ出始めだった写真年賀状と宛名ラベルの組合せに切り替えた。失礼と思われる方には申し訳ないのだが、ギリギリになって発送するので、一言も書けないで出すことになってしまう。
当初は写真を喜んでいた子ども達も、中学生になった頃から一緒に写真を撮るのを嫌がるようになってきた。今は「年に一回だから我慢しろ」と無理矢理なのだが、学校を出たらもうこの習慣は無理だろうなあ。

年賀状の効用を私は大事にしたい、と言うかいただくと単純に嬉しい。いただいた年賀状は葉書ホルダーに分類して、見直したり住所録代わりにもしている。基本的に暑中見舞いは出さないので、遠方の方とは一年に一回の音信交換。いただいた年賀状を見ながら、ああこの人はこんな事を考えているのか、お元気なのだな、などと思いながら見るのが楽しい。中には吃驚するほど上手な版画や写真・イラストがあったり、一年の振り返りをしたためられているとホッと嬉しくなる。ゆっくりと酒を飲みながら、年賀状を見直すのはとても楽しいひとときだ。

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January 21, 2005

地下鉄の情景

銀座グラフィックギャラリーで「七つの顔のアサバ展」を見るために、地下鉄に乗ろうとして驚いた。銀座線の銀色の車体にTBSのテレビ宣伝ポスターらしき物がデカデカと張られていて醜悪だったからだ。ポスターそのものは、先日始まったH2というかったるいドラマ(原作漫画は大好きだが、テレビは演技も脚本も駄目)を明るく表現したカッティングシートだが、あの車体を埋め尽くすほど何枚も貼られていて、駅の雰囲気も車体の彩色もぶち壊しだった。
本来の車体デザインを無視してあのポスターを貼らせるTBSもTBSだが、東京メトロも金に目が眩んだのだろうか。間に入るデザイナーや広告代理店は分かってやっているはずだが、ポスター単体でのデザインがいくら良くても、車体に貼られた時にどのように見えるかを考慮してきちんとレイアウトすべきなのだ。今のやり方はセンスのかけらもないと言わざるを得ない。
考えてみると、日本には街の情景を無視したデザインが溢れかえっていて、それぞれが自己主張するために醜悪な町並みになっている事が多い。乱立するビル、色とりどりの看板・ネオンサイン、それに電信柱。逆の意味では、日本中どこに行っても同じような駅やビルばかりなのもみっともない。石畳と高さを制限した静謐なパリの町並みや、木造建築を生かした佐原の町並みなど、やれば出来るのに大部分の街はカオス状態になっている。
本来、日本人のデザインや色に対する感覚は鋭く繊細だったはずなのだが、制限を解かれるとアナーキー状態になるというのも日本人の特質なのかも知れない。実は20年ほど前に、当時の新幹線の車体に、新しい東レのロゴマークを表現したいと広告代理店経由で申し入れ、断られたのが私だったので感慨深かったのです。

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January 18, 2005

よく行く博物館・美術館 1

私の勤務する会社があるのは日本橋で、最寄り駅は銀座線・半蔵門線の「三越前」。この立地は、銀座へも上野へも10分掛からずに行けますから、博物館・美術館を見るには意外と便利です。デザインや美しい物を見たり、展示方法を研究するのが仕事みたいな物ですから、時間が空くと出掛けるようにしています。普段よく行く場所を少しずつ紹介してみようと思います。

まず博物館のメッカ、上野はやはり質量ともに充実していて見応えがあります。一度に見られるのはせいぜい二館ですから、展示替え毎に行くと上野が顔なじみになります。銀座線の「上野」で降りて、ガード下の立ち食い蕎麦で腹ごしらえしてから坂道を登って上野公園に入ります。
第一のグループでは、まず東京国立博物館。最近リニューアルした本館の美術・博物の展示は常設ですが見物です。平成館では企画展、東洋館では東洋美術品を見せてくれますし、その他に法隆寺宝物館や庭園などがあり、さすがに国立博物館というだけあります。訪れる人は少ないようですが、すぐ側にある黒田清輝記念館はこぢんまりとしていますが、黒田作品だけをゆっくりと見ることが出来ます。その奥にある国際子ども図書館は雑誌の蔵書量もさることながら、未完であった国立図書館を流用しているため、建物その物が歴史であり、かつての知識の殿堂を偲ぶことが出来ます。
第二のグループは、国立科学博物館国立西洋美術館。前者は最近リニューアルしたところで、展示も迫力あるものになっていますから、全館オープンすると素晴らしい博物館になるでしょう。後者は西洋美術の殿堂で様々な企画展を見せてくれますが、私はむしろ常設展の見学をお勧めします。松方コレクションを元に蒐集された作品が素晴らしいし、人も少ないのでゆったりと見ることが出来ます。
第三のグループは、東京藝術大学大学美術館旧東京音楽学校奏楽堂。前者は、企画展とともに現役の作品も展示され、学内でくつろぐ学生さんとも接することが出来ます。後者は、かつての日本の音楽教育の殿堂であり、写真・直筆の楽譜や資料を見ることが出来、奏楽堂でのコンサートは雰囲気が良い物です。私の好きな團伊久磨さんの若き姿を見ると、頑張らねば、と心が奮い立ちます。
その他に、企画展だけを行う東京都美術館や下町風俗資料館、上野動物園など様々な施設があり、駅周辺の繁華街も含めて、知的好奇心を刺激してくれる街です。

次によく行くのが銀座方面。「京橋」で降りてすぐがNational Film Center。映画の歴史・映写機はもちろんのこと、滅多に見られない古い映画もビデオで見ることが出来ますし、ホールでは映画会も行われています。そこから、東京フォーラム方面へ歩くと相田みつを美術館があります。彼の書をゆっくりと見て行くと、なるほどなあ、そうだそうだと頷くことが多々あります。書いてある内容も勿論ですが、やはり形としての書に力があり、ついつい引き込まれてしまいます。東京フォーラムから皇居側に少し行ったところにあるのが出光美術館。出光佐三さんの蒐集品である陶磁器や襖絵が素晴らしく、企画展もよく考えられた物を見せてくれますが、中の佇まいや皇居を見晴らす景色も良いところです。優れた人が金を使うと良い物が出来る見本ですね。

「銀座」で降りて少し歩くと、デザイン関連で見逃せないのがギンザ・グラフィック・ギャラリー。大日本印刷が、代表的なデザイナーの企画展を無料で見せてくれます。私は展示替え毎に通って、自分の感性を磨くようにしています。が、本当に分かるようになったのかどうか。「日本橋」方面に戻ってきて、見逃せないのが、ブリヂストン美術館INAX GALLERY。前者は、展示品をガラス越しではなく見られるし、常設展も企画展もあまり混むことなくじっくり味わえます。広さも適当で落ち着いた雰囲気の良い場所だと思います。後者は、こぢんまりとテーマを絞った展示を見せてくれます。

「日本橋」で東西線に乗り換え「竹橋」で降りると、東京国立近代美術館東京国立近代美術館工芸館があります。どちらも内容豊富で雰囲気も良く、桜の季節にはお堀端を歩くのが楽しみです。車さえもう少し少なくなってくれれば言うこと有りません。
近辺には国立公文書館科学技術館もあり、人も少ないのでその方面に興味がある人には魅力的でしょう。天皇の直筆や内閣の花押など、公文書館で初めて見ました。

半蔵門線に乗ると、10分も掛からず行くことが出来るのが、江戸東京博物館深川江戸資料館。前者は常設展企画展ともに楽しみにして行ってます。テーマを江戸東京に絞っている常設展も、幅広いテーマの企画展も見応えがあります。博物館は常にリニューアルしていくのが楽しい、ということがよく分かります。後者はもっと地域に密着して庶民の生活を見せてくれますから、これはこれで楽しいものです。
近くには、この他にも中川船番所資料館や東京都現代美術館、その他の名所旧跡があり、池波正太郎ファンである私には興味の尽きない地域です。

今回は、よく行く所を紹介しましたが、これまで訪ねた場所はHPに掲載していますのでそちらをご覧になって下さい。
「おすすめブックマーク」
「ぐるっとパス活用記録」
「ぐるっとパス2004活用記録」
「こういう博物館だったら良いな その一」

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December 26, 2004

話し上手

日本語の乱れが云々されていますが、言葉は時と共に変化するもの。多少の乱れは仕方ないでしょう。とはいえ、美しい日本語が、無関心無定見な輩に蹂躙されるのは放置しておけません。少なくとも自分は正しい日本語を喋るように心がけ、出来るだけ美しい日本語を聞くようにしたいものです。
特に話し上手と私が思う人は、黛敏郎、團伊久磨、ヨーコゼッターランドの三人です。黛さんの思想は別にして、「題名の無い音楽会」の司会は秀逸でした。端的で流麗な日本語が、淀みなく彼の口から迸り出ると、もうそれだけで音楽のようでした。
團さんの話も、テレビの番組でお聞きしましたし、「パイプのけむり」は愛読書でした。黛さんとは少し違った温かみとべらんめえ口調(気持ちの上で)が心地良かった。葉山に遊びに行った時は、ご自宅前に伺い、ああここが團さんの家なんだ、ここであの作品たちが作られたのか、と感慨に耽ったものでした。お二人とも亡くなってしまわれたのが勿体無い。
ヨーコさん(堀江陽子)は、以前テレビの番組でお話を聞きしただけですが、美しい日本語を喋っていました。海外生活が長いのに、良く的確で美しい日本語を使われると感心しました。同じ番組に横浜国大出身のお粗末なアイドルタレントが出ていたので、あまりの落差に、日本の教育はどうなっとるんじゃい、と憤りを感じました。
お三方に共通しているのは、まず喋る内容を持っていて、それを端的に美しく喋る技術を身に付けているということです。個人の価値観をきちんと確立していて、的確に自分の考えをまとめる能力。そしてそれを短く優しい日本語で論理的に語れる技術。この二つが有って文化は伝達されて行くのでしょう。
その辺のネエチャンの語尾上げ言葉も男口調も省略語も美しいとは思えません。小泉首相のようにダラダラと意味不明の言葉を並べ立てるのも見苦しい。要は、喋るに値する内容が無いのです。喋る訓練がなされていないだけなのです。自分を鍛え、端的で美しい日本語を身に付けたいと思います。
書いていて、思い付いたのですが、これ以外でも明石家さんま、渥美清の喋りは上手いと思っていました。これは芸能との関係で別途考えてみます。ブログは、こういう思い付きをメモするのに良いかも知れない。しばらくトライアンドエラーしよう。

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