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January 25, 2005

年賀状

我が家の年賀状は、家族四人の集合写真。平成2年に写真年賀状にしてから、途中、喪のために中断したことは有るが、もう13回も出したことになる。その前はあまり記憶が定かではないが、手作りの木版画の年賀状を出していたようだ。女房と合わせて600枚を越えるようになると、とても書ききれないので、当時まだ出始めだった写真年賀状と宛名ラベルの組合せに切り替えた。失礼と思われる方には申し訳ないのだが、ギリギリになって発送するので、一言も書けないで出すことになってしまう。
当初は写真を喜んでいた子ども達も、中学生になった頃から一緒に写真を撮るのを嫌がるようになってきた。今は「年に一回だから我慢しろ」と無理矢理なのだが、学校を出たらもうこの習慣は無理だろうなあ。

年賀状の効用を私は大事にしたい、と言うかいただくと単純に嬉しい。いただいた年賀状は葉書ホルダーに分類して、見直したり住所録代わりにもしている。基本的に暑中見舞いは出さないので、遠方の方とは一年に一回の音信交換。いただいた年賀状を見ながら、ああこの人はこんな事を考えているのか、お元気なのだな、などと思いながら見るのが楽しい。中には吃驚するほど上手な版画や写真・イラストがあったり、一年の振り返りをしたためられているとホッと嬉しくなる。ゆっくりと酒を飲みながら、年賀状を見直すのはとても楽しいひとときだ。

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January 24, 2005

名称変更

このブログの役割と名称が気になっていたのだが、何となくまとまりそうだ。
私のインターネット関連の発信物は、ホームページ 「高坂洋の世界」がメインで、その中に「日記」、1テーマメモの「曽谷便り」、レポートの「発言集」がある。メルマガの題名は「高坂の曽谷便り」、このブログは「高坂の曽谷日記」。なんか重なりがあって名称が堅いなあ。
今日まで書いていて、思いついた副題が「折々の思いつきあれこれ」。そうなんだ、日々の記録は「日記」に、ブログは折々に思いついた事を書く場にしよう。そこから膨らませたいテーマを拾って「曽谷便り」にして、まとまったボリュームのレポートを書いたら「発言集」に掲載する事にしよう。そしてメルマガは2週間に一度のお知らせ媒体。よしこれで行こう。
内容は決まったが、名称がダブってしまうので、何か良い名が無いかと思っていたら、すがやさんが「すがやみつるの雑記帳」という名を付けていたのに出くわした。これこれ、そうだよな、いただいて良いかなあ。そう言えば、由良拓也さんが「らくがき帳」という本を出していたなあ。そうだ、雑記帳か落書き帳だな。

「こうさかようの雑記帳」、「高坂洋の雑記帳」、「高坂洋の落書き帳」、「高坂洋のらくがき帳」、「こうさかようのらくがき帳」、うーん、「高坂洋のらくがき帳」に決定。

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January 21, 2005

地下鉄の情景

銀座グラフィックギャラリーで「七つの顔のアサバ展」を見るために、地下鉄に乗ろうとして驚いた。銀座線の銀色の車体にTBSのテレビ宣伝ポスターらしき物がデカデカと張られていて醜悪だったからだ。ポスターそのものは、先日始まったH2というかったるいドラマ(原作漫画は大好きだが、テレビは演技も脚本も駄目)を明るく表現したカッティングシートだが、あの車体を埋め尽くすほど何枚も貼られていて、駅の雰囲気も車体の彩色もぶち壊しだった。
本来の車体デザインを無視してあのポスターを貼らせるTBSもTBSだが、東京メトロも金に目が眩んだのだろうか。間に入るデザイナーや広告代理店は分かってやっているはずだが、ポスター単体でのデザインがいくら良くても、車体に貼られた時にどのように見えるかを考慮してきちんとレイアウトすべきなのだ。今のやり方はセンスのかけらもないと言わざるを得ない。
考えてみると、日本には街の情景を無視したデザインが溢れかえっていて、それぞれが自己主張するために醜悪な町並みになっている事が多い。乱立するビル、色とりどりの看板・ネオンサイン、それに電信柱。逆の意味では、日本中どこに行っても同じような駅やビルばかりなのもみっともない。石畳と高さを制限した静謐なパリの町並みや、木造建築を生かした佐原の町並みなど、やれば出来るのに大部分の街はカオス状態になっている。
本来、日本人のデザインや色に対する感覚は鋭く繊細だったはずなのだが、制限を解かれるとアナーキー状態になるというのも日本人の特質なのかも知れない。実は20年ほど前に、当時の新幹線の車体に、新しい東レのロゴマークを表現したいと広告代理店経由で申し入れ、断られたのが私だったので感慨深かったのです。

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January 18, 2005

よく行く博物館・美術館 1

私の勤務する会社があるのは日本橋で、最寄り駅は銀座線・半蔵門線の「三越前」。この立地は、銀座へも上野へも10分掛からずに行けますから、博物館・美術館を見るには意外と便利です。デザインや美しい物を見たり、展示方法を研究するのが仕事みたいな物ですから、時間が空くと出掛けるようにしています。普段よく行く場所を少しずつ紹介してみようと思います。

まず博物館のメッカ、上野はやはり質量ともに充実していて見応えがあります。一度に見られるのはせいぜい二館ですから、展示替え毎に行くと上野が顔なじみになります。銀座線の「上野」で降りて、ガード下の立ち食い蕎麦で腹ごしらえしてから坂道を登って上野公園に入ります。
第一のグループでは、まず東京国立博物館。最近リニューアルした本館の美術・博物の展示は常設ですが見物です。平成館では企画展、東洋館では東洋美術品を見せてくれますし、その他に法隆寺宝物館や庭園などがあり、さすがに国立博物館というだけあります。訪れる人は少ないようですが、すぐ側にある黒田清輝記念館はこぢんまりとしていますが、黒田作品だけをゆっくりと見ることが出来ます。その奥にある国際子ども図書館は雑誌の蔵書量もさることながら、未完であった国立図書館を流用しているため、建物その物が歴史であり、かつての知識の殿堂を偲ぶことが出来ます。
第二のグループは、国立科学博物館国立西洋美術館。前者は最近リニューアルしたところで、展示も迫力あるものになっていますから、全館オープンすると素晴らしい博物館になるでしょう。後者は西洋美術の殿堂で様々な企画展を見せてくれますが、私はむしろ常設展の見学をお勧めします。松方コレクションを元に蒐集された作品が素晴らしいし、人も少ないのでゆったりと見ることが出来ます。
第三のグループは、東京藝術大学大学美術館旧東京音楽学校奏楽堂。前者は、企画展とともに現役の作品も展示され、学内でくつろぐ学生さんとも接することが出来ます。後者は、かつての日本の音楽教育の殿堂であり、写真・直筆の楽譜や資料を見ることが出来、奏楽堂でのコンサートは雰囲気が良い物です。私の好きな團伊久磨さんの若き姿を見ると、頑張らねば、と心が奮い立ちます。
その他に、企画展だけを行う東京都美術館や下町風俗資料館、上野動物園など様々な施設があり、駅周辺の繁華街も含めて、知的好奇心を刺激してくれる街です。

次によく行くのが銀座方面。「京橋」で降りてすぐがNational Film Center。映画の歴史・映写機はもちろんのこと、滅多に見られない古い映画もビデオで見ることが出来ますし、ホールでは映画会も行われています。そこから、東京フォーラム方面へ歩くと相田みつを美術館があります。彼の書をゆっくりと見て行くと、なるほどなあ、そうだそうだと頷くことが多々あります。書いてある内容も勿論ですが、やはり形としての書に力があり、ついつい引き込まれてしまいます。東京フォーラムから皇居側に少し行ったところにあるのが出光美術館。出光佐三さんの蒐集品である陶磁器や襖絵が素晴らしく、企画展もよく考えられた物を見せてくれますが、中の佇まいや皇居を見晴らす景色も良いところです。優れた人が金を使うと良い物が出来る見本ですね。

「銀座」で降りて少し歩くと、デザイン関連で見逃せないのがギンザ・グラフィック・ギャラリー。大日本印刷が、代表的なデザイナーの企画展を無料で見せてくれます。私は展示替え毎に通って、自分の感性を磨くようにしています。が、本当に分かるようになったのかどうか。「日本橋」方面に戻ってきて、見逃せないのが、ブリヂストン美術館INAX GALLERY。前者は、展示品をガラス越しではなく見られるし、常設展も企画展もあまり混むことなくじっくり味わえます。広さも適当で落ち着いた雰囲気の良い場所だと思います。後者は、こぢんまりとテーマを絞った展示を見せてくれます。

「日本橋」で東西線に乗り換え「竹橋」で降りると、東京国立近代美術館東京国立近代美術館工芸館があります。どちらも内容豊富で雰囲気も良く、桜の季節にはお堀端を歩くのが楽しみです。車さえもう少し少なくなってくれれば言うこと有りません。
近辺には国立公文書館科学技術館もあり、人も少ないのでその方面に興味がある人には魅力的でしょう。天皇の直筆や内閣の花押など、公文書館で初めて見ました。

半蔵門線に乗ると、10分も掛からず行くことが出来るのが、江戸東京博物館深川江戸資料館。前者は常設展企画展ともに楽しみにして行ってます。テーマを江戸東京に絞っている常設展も、幅広いテーマの企画展も見応えがあります。博物館は常にリニューアルしていくのが楽しい、ということがよく分かります。後者はもっと地域に密着して庶民の生活を見せてくれますから、これはこれで楽しいものです。
近くには、この他にも中川船番所資料館や東京都現代美術館、その他の名所旧跡があり、池波正太郎ファンである私には興味の尽きない地域です。

今回は、よく行く所を紹介しましたが、これまで訪ねた場所はHPに掲載していますのでそちらをご覧になって下さい。
「おすすめブックマーク」
「ぐるっとパス活用記録」
「ぐるっとパス2004活用記録」
「こういう博物館だったら良いな その一」

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January 12, 2005

よく見るサイト 1

あまり時間もないので、ネットサーフィン(最近見ないぞ、これは死語かな)という意味では、それほど多くのサイトは見ないけれど、やはり自分の好きなサイトはしょっちゅう訪れている。取りあえずランダムに上げてみると、

すがやみつる日記
すがやさんは、漫画家・小説家として活躍されているが、私が知り合ったのはサーキット。1986年に東レ・サードレーシングチームを企画運営した時に紹介されて以来、私の主催する異業種交流会で講演してもらったり、時々メイルでやりとりさせてもらったりしている。何しろ誠実で頑張る人だから、彼の日記を見ていると元気が湧いてくる。
仕事も遊びも全力投球で、そうなると寝る時間を減らすしか方法はなく、数時間睡眠でやりたいことをやるという人生をずっと続けているのが凄い。当時、私もCIの仕事に燃えていて、子育てと仕事と、もちろん遊びもやっていると数時間しか寝られず、すがやさんと同じような生活をしていたが、それでも二三年しか身体が持たなかった。今ではとても徹夜できないようになってしまったけれど、すがやさんは今でも同じように燃え続けた生活を続けられている。見習わなくては。
漫画家の生活、日本のパソコン通信の歴史、レースなどにも当事者としての文章が興味深いです。

国沢光宏のWeb Siteへようこそ
国沢さんは、誠実な自動車評論家。私が30歳過ぎて免許を取った時、初めて買った雑誌がベストカーガイド。当時、若手編集員で切れのある面白い記事を書いてました。その後独立してライターになり、私は彼の権威におもねらない態度が好みで、かれこれ20年以上記事を愛読しています。何よりも車が好きで、消費者の立場を大切にした誠実な意見に共感します。ハイブリッドや電気自動車への造詣も深く、早くから情報提供してくれてました。お台場の電気自動車フォーラムで初めてお会いしたら、文章そのものの誠実な方でした。身体も心も太っ腹な人です。

さるさる日記 勝谷誠彦のXXな日々。
私は、朝日も日経も週刊誌もほとんど読みません。必要だと思わないし、他のメディアで充分だからです。新聞は読売と日刊ゲンダイを読み比べれば、体制側と庶民側の考えは分かります。勝谷さんは、その二つには書いてない、より深い意味や情報を提供してくれるので毎日読むようにしています。
勝谷さんのフィールドは、政治経済はもとより、酒や遊びまで広く、口だけではなくて行動するので、楽しみながら読んでいるといつの間にか知識が付いてくるというメリットがあります。少し過激で思いこみも強いのですが、私は彼の考え方が好きです。

麺通団公式ウェブサイト
「恐るべきさぬきうどん」の著者、田尾和俊さんのサイト。あの文章に魅力を感じる人は必見のサイトです。香川のタウン誌の編集長の時に仲間と遊びながら、さぬきうどんをメジャーにしてしまったけれど、実はよく考えていて、誠実で論理的で、しかもおもろい人です。難点は、更新が不規則なこと。少し仕事を絞って、定期的な更新をお願いしたいのだけれど。

長生塾オフィシャルホームページ
都村長生さんが主催する長生塾のサイト。ものごとを論理的に考えるというテクニックでは、この人にかなう人はいないと言うと大げさか。何しろテキパキと考えた文章は小気味が良いと言いたくなるほどです。私も論理的に考えたいので、都村さんのQ&Aをよく見ますし、本も読んでます。日本人がせめて、論理的に考えようという姿勢だけでも持ってくれたら、もっともっと良い国になるのにと思います。

私の好きなサイトは、おすすめブックマークにより沢山掲載していますが、少しずつ紹介して行きたいと思っています。

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January 05, 2005

災害への対応

年末26日のスマトラ沖地震による津波は、10万人以上もの命を奪ってしまった。日本人も数十人の方が亡くなり、行方不明者が600名近くもいるそうだ。天災に対して、個人や被災者の努力だけではとても対応できない。周りからの援助が必要です。税金を使ってでも助けてあげよう。自衛隊をイラクに派遣するのに反対はしても、今回の援助については文句は言わぬ。まして被災地は熱帯だから腐敗や感染症の恐れが強い。何しろ早く援助する事が重要だ。
28日には、イラクから帰国途上でインド洋に居た補給艦はまなと護衛艦きりしま・たかなみの3艦が、急遽シャム湾に急行して救助と給水に向かった。大規模な災害の場合、自衛隊ほど頼りになるものは無い。ご苦労様だけれどご活躍を期待している。
それにしてもこの緊急時に、我が国の首相はホテルで昼寝とか、映画館で好きな映画を見続けていたとか、こういう人間だと分かっているとは言え、何なんだこの無責任さは。
10年前の関西大地震の時、私は翌日19日に宝塚へ駆けつけた。妹の家族が居て、一度電話が通じたきり連絡できず、どうしようもないのでちょうど全日空に勤務していた女房に伊丹行きのチケットを手配してもらい、金と食料をリュックサックに詰め、数日間は帰れない覚悟で行ったのだった。ところが伊丹に着くと、空港は平穏無事の上、タクシーまで並んで居るじゃありませんか。
確かに道はぐちゃぐちゃで、あちこち回り道をしながらも妹の家の前までタクシーで行くことが出来た。幸い妹家族は無事で、その一角だけは水も電気も通じているという幸運。でも屋根は落ち壁にヒビが入り、タンスや冷蔵庫が飛んできたと言うから、凄かった。ペッチャンコの木造家屋、倒壊したり30度くらい傾いたビル、うねったり1mも盛り上がった舗装道路。凄まじい光景だった。
ニュースは、あくまでその場所がその時にそうだった、という情報だと考えないとミスリードする。テレビだけ、インターネットだけ見ていて、一方の情報を信じていては間違うことがある。自分の経験から、現地の人とメイルでやりとりするのが一番確かな情報だと思う。
今回の報道で気になるのは、マスコミ(あるいは外務省?)は意図的に被害の規模を小さく伝えようとしたのではないか、ということだ。当初、死亡者数は伝え、行方不明者数は報道しなかった。年明けになってやっと行方不明者の数を少しずつ報道している。あの規模の災害で日本人の被害が10数名なんてことはあり得ないではないか。素人の私でも、そんなに少ないのかな、と思っていた。分かっていたのに報道しなかったというのは考え過ぎか。
台風の被害があった香川や洪水の福井、地震の新潟は大丈夫なのだろうか。知らないと動きも取りようがない。喉元過ぎれば忘れるのではなく、きちんと報道を続けるというのもマスコミの大事な使命であるはずだ。出来ることをしてあげよう。明日は我が身なのだから。

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