話し上手
日本語の乱れが云々されていますが、言葉は時と共に変化するもの。多少の乱れは仕方ないでしょう。とはいえ、美しい日本語が、無関心無定見な輩に蹂躙されるのは放置しておけません。少なくとも自分は正しい日本語を喋るように心がけ、出来るだけ美しい日本語を聞くようにしたいものです。
特に話し上手と私が思う人は、黛敏郎、團伊久磨、ヨーコゼッターランドの三人です。黛さんの思想は別にして、「題名の無い音楽会」の司会は秀逸でした。端的で流麗な日本語が、淀みなく彼の口から迸り出ると、もうそれだけで音楽のようでした。
團さんの話も、テレビの番組でお聞きしましたし、「パイプのけむり」は愛読書でした。黛さんとは少し違った温かみとべらんめえ口調(気持ちの上で)が心地良かった。葉山に遊びに行った時は、ご自宅前に伺い、ああここが團さんの家なんだ、ここであの作品たちが作られたのか、と感慨に耽ったものでした。お二人とも亡くなってしまわれたのが勿体無い。
ヨーコさん(堀江陽子)は、以前テレビの番組でお話を聞きしただけですが、美しい日本語を喋っていました。海外生活が長いのに、良く的確で美しい日本語を使われると感心しました。同じ番組に横浜国大出身のお粗末なアイドルタレントが出ていたので、あまりの落差に、日本の教育はどうなっとるんじゃい、と憤りを感じました。
お三方に共通しているのは、まず喋る内容を持っていて、それを端的に美しく喋る技術を身に付けているということです。個人の価値観をきちんと確立していて、的確に自分の考えをまとめる能力。そしてそれを短く優しい日本語で論理的に語れる技術。この二つが有って文化は伝達されて行くのでしょう。
その辺のネエチャンの語尾上げ言葉も男口調も省略語も美しいとは思えません。小泉首相のようにダラダラと意味不明の言葉を並べ立てるのも見苦しい。要は、喋るに値する内容が無いのです。喋る訓練がなされていないだけなのです。自分を鍛え、端的で美しい日本語を身に付けたいと思います。
書いていて、思い付いたのですが、これ以外でも明石家さんま、渥美清の喋りは上手いと思っていました。これは芸能との関係で別途考えてみます。ブログは、こういう思い付きをメモするのに良いかも知れない。しばらくトライアンドエラーしよう。




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