March 15, 2005

職業に貴賎有り。

私は結構、病気や怪我をしているので、お医者さんや看護婦さんのありがたさは身に染みている。手術前に話しかけてリラックスさせてくれ、術後の痛みを軽減するために腰に枕を当てたり甲斐がいしく面倒をみてくれる。痛みが治まらない時は、座薬を入れてもらったし、盲腸の時には剃毛されたので、前も後ろもすべてオープンです。
母はグループホームでお世話になっているが、ヘルパーさんは下の世話もしてくれる。家族でもなかなか出来ないことを仕事とはいえ、本当にありがたいことだ。預かってくれるおかげで共働きも出来るし、土日には見舞いに行ける。

世の中には色んな職業が有るけれど、医者、看護婦、教師などを聖職ではないと言えるだろうか。身を挺して我々を守ってくれる警察官、消防士に感謝しない人がいるだろうか。やはり職業には貴賎がある。誰が好んで3Kの職業に憧れるだろうか。やりがいがあり、収入も多く、人から褒められる職業に就きたがるのは自然な考えだろう。
私は以前、旋盤工を二年ほどやっていたが、これは金属粉や油にまみれて手は汚れるが、モノを作る喜びを充分に味わえる仕事だった。たとえ3Kでも、世の中に役立つ仕事は尊いものだ。市川市のゴミ収集車の仕事を一度やってみたいと思っていたが、やらないで今に至っている。長男がアルバイトでやって、経験を話してくれないかなあ。

アルバイトも色々やった。横浜の黒板製作屋。逗子海岸でのアイスクリーム売り、これはテキ屋の下働きだったので金になったが怖かった。家庭教師、遺跡の発掘、保土ヶ谷駅の小荷物係り、デパートの展示替え。精神病院のカルテ整理や管理業務。色んな職業を現場で経験することは考えの幅を広げてくれるが、やくざな仕事やギャンブル、消費者金融、風俗をもって尊いと言えるだろうか。やはり胸を張って表明できる仕事を持ちたいモノだ。

職業は尊いのに、仕事の仕方が卑しい人もいる。政治家は、金持ちが身上を潰しても、世の中を良くする使命に燃えてやるべき職業だ。今のように、汚いことをして金目当てにやるものではない。民間より給料の高い公務員や天下り垂れ流しの官庁も論外。鉄道や観光・小売りは大切な仕事なのに、西武の仕事の仕方は酷いモノだ。税金を払わずに私腹を肥やすなんてとんでもない。何十年も放置していた国税庁や監督省庁の責任を問うべきだろう。

最近、ライブドア関連のニュースが多いが、フジの会長の発言を聞くとまったく話しにならないほど卑しい。視聴者や株主への配慮や企業市民としての責任感はなくただ保身だけ。ニッポン放送の社長に至っては、表にも出てこないていたらく。ライブドアの堀江さんは新しいので応援したいが、もう少し人間味と誠実さをもって実業家としてのパワーを見せて欲しいモノだ。まあこんなニュースよりも、小泉政権のデタラメさなどもっと報道すべきことは多いけれど。

今、若者達は就職活動に励んでいるけれど、世の中の恥ずかしい大人の真似はするなよ。やりがいのある天職を見つけて、幸せな人生送って欲しい。ただし、天職はそこに転がっているモノではなく、取りあえず縁が有った仕事を誠実に必死でやることによって手に入るモノだと思うよ。

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March 10, 2005

言わずもがな?

オリンピックの水泳で北島選手が勝ち、「チョー気持ち良い」という言葉を発した時、私は愕然としたが、マスコミや世間の人々はもて囃していた。すでに大学生で、運動能力が世界一の、マスコミに追いかけられる有名人が「チョー気持ち良い」とは。小学生じゃないんだから、ともに戦った選手とか観衆へのメッセージや感謝の気持ちとか、もう少し気の利いたことが言えないのかなあ。トップアスリートともなれば、それなりの社会的責任を感じていて、「ええこと言うわ」と感心したいのは私の欲目だろうか。脳味噌も筋肉で出来ているのかと思った。

おかしな日本語が蔓延しているとはよく言われることで、私自身もその例に漏れない時もあるのだが、数年前からプロ野球選手が試合後のインタビューで最後に必ず言う言葉、「これからも応援よろしくお願いします」。あれも止めようよ。だいたいインタビューその物がくだらないことが多いのに、締めの言葉が誰も彼も「同じでは悲しくなってしまう。自分の言葉で人と違う事を喋れないもんかね。新庄選手ならユニークかな、見てないけれど。
それに「感動を与えたい」も止めて欲しい。お前なんかに与えられたくねーよ。おこがましいと思わないのだろうか。選手が必死で戦う姿に対して観衆が感動することは有っても、自分で「感動を与える」などと言うか。「与える」という言葉の傲慢さ、「感動という言葉使い」の安っぽさに気がついて欲しい。。

それに比べて、欧米のスポーツ選手や若い映画俳優が、公共の場ではきちんとした言葉でハキハキとウィットに富んだ事を喋るのを聞くと、彼我の文化差を強く感じる。まず人間としての教養の問題だな。少なくとも人前に出る選手は、喋り方、ファッション、仕草などそれなりの訓練をすべきだろう。プライベートコーディネーターを雇っても良いと思うが、企業のトップでも惨めな姿を晒しているのだから絶望的かなあ。

ついでに、最近のニュース番組でやたらと使われるのが、詳しく報道した後、「~事件と見て捜査しています」。事件はもう聞いているし捜査するのは当たり前なんだから言わずもがなでしょう。「女の婦人が馬から落ちて落馬して~」のレベルと同じ。アナウンス部ではどういう勉強をして居るんだろうか。
政財界や経済界のトップ層から社会全般までモラルも教養も無くなって、ただ金儲けと保身に走る姿を毎日マスコミで見ていると、世の中はそちらの方向に崩れていくモノだろうなあ。こういう文章も言わずもがなか。お互いに注意して綺麗で簡潔な日本語を使うところから、社会浄化につなげたいモノだ。

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March 04, 2005

15日荒とよで飲みます。

元気になりました。
3月15日は、mixi仲間のもるさんとタリンさんの三人で、荒とよで飲む事になりました。一緒に飲みたい方、荒とよに行ってみたい方、初めての方も良かったらご一緒しませんか。ただ狭いので、参加ご希望の方は荒とよさんにメイルで予約確認して下さい。 私は6時半前にはお店に行ってます。もるさんとタリンさんは7時頃の予定です。

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February 24, 2005

荒とよで飲みます。

一ヶ月ほど苦しんだ風邪がやっと抜けそうです。
昨夜は、元トリンプの志村さんのお誘いに乗り、赤坂のお店へ連れて行ってもらい歓談。調子が出てきて、二人で銀座のkikiへ回って久しぶりに早乙女ママとお話。相変わらず元気で頑張ってます。やはり体調を考えて12時前に店を出たけれど、帰宅は午前様でちょっと眠い。
3月2日は、タリンさんと荒とよで飲む事になり、二人分の予約を入れました。一緒に飲みたい方、荒とよに行ってみたい方、初めての方も良かったらご一緒しませんか。ただ狭いので、参加ご希望の方は荒とよさんにメイルで予約確認して下さい。 私は6時半前にはお店に行ってます。

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February 10, 2005

テレビへ一言

約二週間風邪に苦しめられ、やっと普通の風邪レベルに落ち着いた。熱と咳で苦しくて、アポイントの無い日は会社を休み、ただ寝ているだけ。結局4日半休んでしまった。本を読む気力も湧かないので、起きているときはボーッとテレビを見ていた。と言うことで、テレビについて一言。

テレビが我が家に来たのは、小学生の低学年の頃だったか。昭和の30年代で、氷の冷蔵庫、首振り扇風機、七輪、行水などの風景が私の記憶にある。田舎のせいもあるが、継ぎ当ての学生服がそれほどおかしくない時代だった。三角ベース、魚取り、山遊び、チャンバラ遊びに夢中で、テレビにそれほど感慨が深かったわけではないが、やはりかじりついていたような気がする。
アメリカのドラマに出てくる生活は夢のようで、テレビは新しいモノ、価値あるモノ、生き生きした未来のモノの象徴だった。当時の作家永六輔などの本を読むと、作り手が暗中模索でも必死で良いモノを作ろうとしていたようだ。「パパは何でも知っている」、「ルーシーショー」、「三菱ダイヤモンドアワー」、「私の秘密」、「バス通り裏」、「番頭はんと丁稚どん」なんて番組を覚えている。

その後、モノが豊かになり、テレビも私の価値観では低くなったが、今回改めて見て面白い番組が無いねえ。勿論好みなのだけれど、ドラマは底が浅いし、バラエティは悪ふざけと楽屋落ち。同じタレントがあちこちに出ていて変わり映えがしない。ドキュメンタリーは作り物っぽくて、スポーツ番組はカメラワークが下手くそ。このままではテレビの未来は無いのではないか、と思ってしまった。

まずCMが多すぎる。スポンサーにとって本当にCMが必要なのだろうか。我が家の子ども達は、あまりテレビを見ないし、リアルタイムで見たい番組以外は録画しCMを飛ばして見ている。彼らには、テレビに思い入れなど無い。物心ついたら家に有った単なる家電製品だ。むしろインターネットでの情報入手、携帯電話での会話、MDウォークマンの音楽が貴重品で、テレビは二の次三の次の位置づけ。高いスポンサー費を出しても見られないCMは無意味ではないか。良い番組を提供するという事自体がその企業のステータスという考えに至らないだろうか。くだらないCMを垂れ流すことが実はアンチ企業、アンチ商品のもとになっていることに企業も気づくべきだと思う。良い番組をCM少なく提供する事によって、提供企業のステイタスは間違いなく上がる。ソニーの「世界遺産」、出光石油の「題名の無い音楽会」など良い事例は多々有るのに。

続いて、CMまたぎの番組作りが多いのには吃驚。それが視聴者の興味を引くと本当に思っているのだろうか。引き延ばした割にはつまらない結末がほとんどだし、ダブっているので実質の放送時間は少なくなる。視聴者を馬鹿にしているのでなければ、放送人の見識を疑いたくなる作り方だ。不勉強と下請け任せの為に番組製作の技術やテクニックが無くなって居るのではないか。
特に、サッカー中継でのリプレイは酷い。試合が続行されているにも関わらず、リプレイ画像をなぜ流し続けるのだろう。サッカーは3秒有れば点が入るスポーツだ。リプレイ中に点が入って大問題になるまで、リプレイ狂いは直ら無いのだろうなあ。カメラワークも本当に下手くそだ。その競技の本質や面白さを知らないカメラマンが撮っているのかなあ。テレビ局は、アイドルに野球解説させれば視聴者は喜ぶと思っているらしいから、何を言っても無駄か。

面白い番組もあった。脚本が煮詰められていて出演者が良い演技をするという単純な事実だ。なるほど見て楽しい。「英語で喋らナイト」、「ぷっすま」、「救急病棟」、「優しい時間」など感心して見てました。海外の番組でも、BBCのドキュメンタリーやアメリカの「アクターズスタジオ」など、見習うべき素晴らしい内容の番組はたくさんあるのに、どうして日本の番組はこんなにお粗末になってしまったんだろう。

結局、行き着く先は作る側の能力、人材に尽きる。私は20年ほど前、D通を使ってテレビ番組の企画もやったし、テレビ局のしかるべきポジションの知人も多いので、多少内情は知っているが、上記したような人材のレベル低下が一番問題。給料は安くても良いモノを作りたいという情熱を持った人間が作るべきだろう。だいたい制作費が高すぎるし、社員の給料が高すぎる。仕事をしない人間が不当に高い報酬を得るという業界は没落させるしかない。銀行、消費者金融、官庁、政治家、出版社、マスコミ、テレビ業界。しっかりしろよ。

画像の力は強力だし、速報性、具体性ではテレビに勝るモノはないが、業界自らがその特質を殺すようでは話しにならない。テレビの現状は、間違いなく衰退の道を転げ落ちている。中にいる業界人だけが気づいていないのだったら悲しいことだ。インターネットとの連動など、新しい方向性はいくらでもある。ラジオも面白いメディアだ。テレビ創成期の熱を再燃させて、今こそ新たにテレビ新時代を築くべき時だと思う。
ライブドアの堀江社長がニッポン放送株を買い集めているが、彼は個人名でソーシャルネットワークにも登録していて、若い人達と直接接する機会を作っているし、私もお友達としてリンクさせてもらっている。既存の体制人と同じようなパフォーマンスを見せる楽天の三木谷社長とは違う行き方をしている点は評価できる。もしかすると新しい世界が開けるかも知れない。

でも、結局無批判にマスコミの報道を取り入れたり、ワイドショーに憂き身をやつす視聴者を見ると、民度の低い国民はそれなりのモノしか獲得できない、という当たり前の事実に行き着くのが辛いなあ。

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February 01, 2005

風邪かあ。

咳と熱のために、1月26日の午後から会社を休み、ほぼ家でゴロゴロしていたが治らない。医者にも行き、薬も変えてもらったが快復しない。咳が酷くて胸から腹にかけて猛烈に痛い。寝ると咳が出るために夜は眠りが浅く、ソファにもたれてウトウトするのもあまり良くないのだろうなあ。今年の風邪はこんなに強いのか、それとも風邪じゃなくて肺炎か。でもレントゲンを撮って問題無しとの事だから風邪なのだろうなあ。
それにしても最近のテレビはCMが多くて、中身も面白く無いなあ。
今日は外せない約束が有ったので出社したが、やはり咳がきつい。集中力が続かずじっくり考えることが出来ないのは風邪のせい、かな。家族にうつらなければ良いのだが。

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January 25, 2005

年賀状

我が家の年賀状は、家族四人の集合写真。平成2年に写真年賀状にしてから、途中、喪のために中断したことは有るが、もう13回も出したことになる。その前はあまり記憶が定かではないが、手作りの木版画の年賀状を出していたようだ。女房と合わせて600枚を越えるようになると、とても書ききれないので、当時まだ出始めだった写真年賀状と宛名ラベルの組合せに切り替えた。失礼と思われる方には申し訳ないのだが、ギリギリになって発送するので、一言も書けないで出すことになってしまう。
当初は写真を喜んでいた子ども達も、中学生になった頃から一緒に写真を撮るのを嫌がるようになってきた。今は「年に一回だから我慢しろ」と無理矢理なのだが、学校を出たらもうこの習慣は無理だろうなあ。

年賀状の効用を私は大事にしたい、と言うかいただくと単純に嬉しい。いただいた年賀状は葉書ホルダーに分類して、見直したり住所録代わりにもしている。基本的に暑中見舞いは出さないので、遠方の方とは一年に一回の音信交換。いただいた年賀状を見ながら、ああこの人はこんな事を考えているのか、お元気なのだな、などと思いながら見るのが楽しい。中には吃驚するほど上手な版画や写真・イラストがあったり、一年の振り返りをしたためられているとホッと嬉しくなる。ゆっくりと酒を飲みながら、年賀状を見直すのはとても楽しいひとときだ。

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January 24, 2005

名称変更

このブログの役割と名称が気になっていたのだが、何となくまとまりそうだ。
私のインターネット関連の発信物は、ホームページ 「高坂洋の世界」がメインで、その中に「日記」、1テーマメモの「曽谷便り」、レポートの「発言集」がある。メルマガの題名は「高坂の曽谷便り」、このブログは「高坂の曽谷日記」。なんか重なりがあって名称が堅いなあ。
今日まで書いていて、思いついた副題が「折々の思いつきあれこれ」。そうなんだ、日々の記録は「日記」に、ブログは折々に思いついた事を書く場にしよう。そこから膨らませたいテーマを拾って「曽谷便り」にして、まとまったボリュームのレポートを書いたら「発言集」に掲載する事にしよう。そしてメルマガは2週間に一度のお知らせ媒体。よしこれで行こう。
内容は決まったが、名称がダブってしまうので、何か良い名が無いかと思っていたら、すがやさんが「すがやみつるの雑記帳」という名を付けていたのに出くわした。これこれ、そうだよな、いただいて良いかなあ。そう言えば、由良拓也さんが「らくがき帳」という本を出していたなあ。そうだ、雑記帳か落書き帳だな。

「こうさかようの雑記帳」、「高坂洋の雑記帳」、「高坂洋の落書き帳」、「高坂洋のらくがき帳」、「こうさかようのらくがき帳」、うーん、「高坂洋のらくがき帳」に決定。

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January 21, 2005

地下鉄の情景

銀座グラフィックギャラリーで「七つの顔のアサバ展」を見るために、地下鉄に乗ろうとして驚いた。銀座線の銀色の車体にTBSのテレビ宣伝ポスターらしき物がデカデカと張られていて醜悪だったからだ。ポスターそのものは、先日始まったH2というかったるいドラマ(原作漫画は大好きだが、テレビは演技も脚本も駄目)を明るく表現したカッティングシートだが、あの車体を埋め尽くすほど何枚も貼られていて、駅の雰囲気も車体の彩色もぶち壊しだった。
本来の車体デザインを無視してあのポスターを貼らせるTBSもTBSだが、東京メトロも金に目が眩んだのだろうか。間に入るデザイナーや広告代理店は分かってやっているはずだが、ポスター単体でのデザインがいくら良くても、車体に貼られた時にどのように見えるかを考慮してきちんとレイアウトすべきなのだ。今のやり方はセンスのかけらもないと言わざるを得ない。
考えてみると、日本には街の情景を無視したデザインが溢れかえっていて、それぞれが自己主張するために醜悪な町並みになっている事が多い。乱立するビル、色とりどりの看板・ネオンサイン、それに電信柱。逆の意味では、日本中どこに行っても同じような駅やビルばかりなのもみっともない。石畳と高さを制限した静謐なパリの町並みや、木造建築を生かした佐原の町並みなど、やれば出来るのに大部分の街はカオス状態になっている。
本来、日本人のデザインや色に対する感覚は鋭く繊細だったはずなのだが、制限を解かれるとアナーキー状態になるというのも日本人の特質なのかも知れない。実は20年ほど前に、当時の新幹線の車体に、新しい東レのロゴマークを表現したいと広告代理店経由で申し入れ、断られたのが私だったので感慨深かったのです。

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January 18, 2005

よく行く博物館・美術館 1

私の勤務する会社があるのは日本橋で、最寄り駅は銀座線・半蔵門線の「三越前」。この立地は、銀座へも上野へも10分掛からずに行けますから、博物館・美術館を見るには意外と便利です。デザインや美しい物を見たり、展示方法を研究するのが仕事みたいな物ですから、時間が空くと出掛けるようにしています。普段よく行く場所を少しずつ紹介してみようと思います。

まず博物館のメッカ、上野はやはり質量ともに充実していて見応えがあります。一度に見られるのはせいぜい二館ですから、展示替え毎に行くと上野が顔なじみになります。銀座線の「上野」で降りて、ガード下の立ち食い蕎麦で腹ごしらえしてから坂道を登って上野公園に入ります。
第一のグループでは、まず東京国立博物館。最近リニューアルした本館の美術・博物の展示は常設ですが見物です。平成館では企画展、東洋館では東洋美術品を見せてくれますし、その他に法隆寺宝物館や庭園などがあり、さすがに国立博物館というだけあります。訪れる人は少ないようですが、すぐ側にある黒田清輝記念館はこぢんまりとしていますが、黒田作品だけをゆっくりと見ることが出来ます。その奥にある国際子ども図書館は雑誌の蔵書量もさることながら、未完であった国立図書館を流用しているため、建物その物が歴史であり、かつての知識の殿堂を偲ぶことが出来ます。
第二のグループは、国立科学博物館国立西洋美術館。前者は最近リニューアルしたところで、展示も迫力あるものになっていますから、全館オープンすると素晴らしい博物館になるでしょう。後者は西洋美術の殿堂で様々な企画展を見せてくれますが、私はむしろ常設展の見学をお勧めします。松方コレクションを元に蒐集された作品が素晴らしいし、人も少ないのでゆったりと見ることが出来ます。
第三のグループは、東京藝術大学大学美術館旧東京音楽学校奏楽堂。前者は、企画展とともに現役の作品も展示され、学内でくつろぐ学生さんとも接することが出来ます。後者は、かつての日本の音楽教育の殿堂であり、写真・直筆の楽譜や資料を見ることが出来、奏楽堂でのコンサートは雰囲気が良い物です。私の好きな團伊久磨さんの若き姿を見ると、頑張らねば、と心が奮い立ちます。
その他に、企画展だけを行う東京都美術館や下町風俗資料館、上野動物園など様々な施設があり、駅周辺の繁華街も含めて、知的好奇心を刺激してくれる街です。

次によく行くのが銀座方面。「京橋」で降りてすぐがNational Film Center。映画の歴史・映写機はもちろんのこと、滅多に見られない古い映画もビデオで見ることが出来ますし、ホールでは映画会も行われています。そこから、東京フォーラム方面へ歩くと相田みつを美術館があります。彼の書をゆっくりと見て行くと、なるほどなあ、そうだそうだと頷くことが多々あります。書いてある内容も勿論ですが、やはり形としての書に力があり、ついつい引き込まれてしまいます。東京フォーラムから皇居側に少し行ったところにあるのが出光美術館。出光佐三さんの蒐集品である陶磁器や襖絵が素晴らしく、企画展もよく考えられた物を見せてくれますが、中の佇まいや皇居を見晴らす景色も良いところです。優れた人が金を使うと良い物が出来る見本ですね。

「銀座」で降りて少し歩くと、デザイン関連で見逃せないのがギンザ・グラフィック・ギャラリー。大日本印刷が、代表的なデザイナーの企画展を無料で見せてくれます。私は展示替え毎に通って、自分の感性を磨くようにしています。が、本当に分かるようになったのかどうか。「日本橋」方面に戻ってきて、見逃せないのが、ブリヂストン美術館INAX GALLERY。前者は、展示品をガラス越しではなく見られるし、常設展も企画展もあまり混むことなくじっくり味わえます。広さも適当で落ち着いた雰囲気の良い場所だと思います。後者は、こぢんまりとテーマを絞った展示を見せてくれます。

「日本橋」で東西線に乗り換え「竹橋」で降りると、東京国立近代美術館東京国立近代美術館工芸館があります。どちらも内容豊富で雰囲気も良く、桜の季節にはお堀端を歩くのが楽しみです。車さえもう少し少なくなってくれれば言うこと有りません。
近辺には国立公文書館科学技術館もあり、人も少ないのでその方面に興味がある人には魅力的でしょう。天皇の直筆や内閣の花押など、公文書館で初めて見ました。

半蔵門線に乗ると、10分も掛からず行くことが出来るのが、江戸東京博物館深川江戸資料館。前者は常設展企画展ともに楽しみにして行ってます。テーマを江戸東京に絞っている常設展も、幅広いテーマの企画展も見応えがあります。博物館は常にリニューアルしていくのが楽しい、ということがよく分かります。後者はもっと地域に密着して庶民の生活を見せてくれますから、これはこれで楽しいものです。
近くには、この他にも中川船番所資料館や東京都現代美術館、その他の名所旧跡があり、池波正太郎ファンである私には興味の尽きない地域です。

今回は、よく行く所を紹介しましたが、これまで訪ねた場所はHPに掲載していますのでそちらをご覧になって下さい。
「おすすめブックマーク」
「ぐるっとパス活用記録」
「ぐるっとパス2004活用記録」
「こういう博物館だったら良いな その一」

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